この言葉には、社会学用語と統計学用語としての2つの意味がある。社会学的に集団や組織における相対的位置を表し、「位階」という訳語があるが、すでにこの日本語は忘れ去られ、そのままランクという言葉が使われている。そして、集団や組織での力関係や、社会的資源配分の序列を示す言葉となっている。一方、統計学的には、ベクトル解析により、m列とn列の行列式で、n列なのかm個なのかという行ベクトルでの最大個数を表している。ここでは「階数」という用語訳語が当てはめられている。
特に、社会的地位や序列は、精神性との関係が強調され、精神性と地位・序列の関係性を、言語能力・数的能力・理性的能力などで因子分解することで、精神性の複雑さを単純で相関的な状列であると見なす考え方に繋がっている。こうした序列から逸脱する人々をラベリングするというラベリング理論なども、「位階」「階級」「階層」「順序」と精神性との関係性を分析することで、社会構造を再検証しようという試みであると考えられる。 昨今、わが国では、「格差社会」という言葉が実証しているように、社会序列、すなわち「階層社会」が急激に進展し、ランクが決定されて、社会的な資源・富の分配が明確になっている。”ランク社会”になっているということができる。生産と消費の構造においても、社会階層での地位や序列化による、差別化が起こっているのである。
デザインにおいても、この序列化によって、造形そのもののランク(序列)や階級分けを意図する傾向がある。私には、デザインでは、そうした序列や階級的な意図の形成は、排除すべきであるという信念がある。なぜなら、社会的地位としての権力や威厳と造形が比例して表現されたロシアアバンギャルドなどへの批判によって、モダンデザインが進化し、その結果デザインの本質である理想主義が形成されてきたと確信しているからである。現在、流行現象となっている企業のブランディング。その表現の背景には明らかに、ランク的な差別視観が息づいている。ランクによって差別するのではなく、むしろ、ランクを区別する手法がデザインであるべきだと考える。 しかし私は、生産と消費の構造が変化し、個人の価値認識そのものも変動した結果、人間ひとりひとりが、自分が社会的な立場を問い直すことで、ライフスタイルを決定していると考える。すなわち、嗜好や経済的現実よりも、生活環境や地域社会、世代分別そのものへの価値判断がやがては、資本主義そのものを変容させ、ライフスタイルもその相対化によって変動するものと判断することができる。