唯【Yui(only)】

   「唯」という言葉を定義しておくべきだろう。「唯我論」「唯物論」「唯識論」「唯心論」などの統治的頭文字となっている。「唯」という字は、「祝の器」の形象文字であり、承認や唯諾、保有の意味を古代より有していた。「唯一」という言葉は、まさしくこれだけが中心であり、これ以外はあり得ないという意味を持っている。例えば、自我、独我を唯一のものとする思想を「唯我論」と呼ぶ。これは、他我を含む外界は単に自我の観念に過ぎないという考え方を中心としている。また、「唯識論」とは、知識や知恵を唯一の観念とし、それらが科学的な思想の根幹になっているという考え方である。
 とりわけ、デザインにとっては、「唯物論」が重要な観念である。この認識を定義しておかなければならない。「唯物」とは、物質的なものを根源的かつ一次的なものとし、精神的なことは二次的で、派生的なものであるとする世界観である。これは、認識論的には、感覚論であり、倫理的には快楽論、宗教的には無神論に向かう傾向があるといわれている。マルクスやエンゲルスによる史的唯物論はその代表的な思想観念論である。彼らは、物質的なものとは、経済生活を根本で支える存在であるとみなした。結果として、政治・法律・宗教・哲学・さらには芸術などの上位構造が、物質的な下位構造によって規定されているという考え方、観念論となった。唯物論は、人間の心の働きを第一のものとする唯心論と常に対比されてきた。「物質価値の否定」という観念論は、常に唯心論によって補完されてきた。しかし、これは大衆的な価値観念の中では、安易な宗教論や神秘論と結びつくものとなっている。つまり、「こうした、心的な唯一性にもとづく価値観は、唯物論に対する批判に過ぎないことを明記しておかなければならない。デザインにとって、社会的かつ時代的価値観念の規定のうえで、唯物論の再検証と再定義が重要であることは間違いない。   

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